なにが真か。なにが虚か。

筑紫哲也が亡くなった。

普段は見ない「おくやみ」のページを開いて、でも何となく誰かがそこにいそうだと感じていた。
残念でならない。
前に衝撃を受けたのは灰谷健次郎の時だったが、今回は違う意味で大きなインパクトがあった。

父親がいつも見てる(つけてる…だけ。)ので、ニュースは2つか3つは大体見てた(眺めてた。)。筑紫がキャスターを務めるNEWS23もその一つ。僕は彼の全てが好きというわけではない。が、他のNEWSにはない視点を提供していて、日本の偏ったメディアのバランスをとる存在であったように感じていた。
その左傾倒の意見に、ある雑誌ではモロに批判をかましていたり、或いはネット右翼からも(見てないが)かなり叩かれていたのではないかと思う。
批判するのも叩くのも構わない(そんな境遇を経験していないからか?)。
だが、そこに「ある」のと「ない」のとでは全く違う!!

この先の日本のメディアに、不安。
そういう意味でも、早くTVを購入せねばと思う。

ところで、皆さんは2004年の春に起きた、イラク人質事件を覚えていますか?
3人がイラクで拉致されて、人質たちの家族が日本の自衛隊の撤退を求めたが日本の政府は「救出に全力は尽くすが撤退はありえない」の態度に固執し、ネット右翼が異様なまでに沸き、メディアではのちに「自己責任」論が噴出。3人を含む関係者が多大なバッシングを受けた事件だ。

思い出していただきたい。
あなたはどういう意見をもっていたか。

僕は政府の見解に反対しているから言っているのではない。むしろ、ネット上だけでなく、東京の石原を含むバッシングする側の異常な視点の高さ。斎藤貴男という方が書いた『安心のファシズム』岩波新書の中ではその視点を「神のそれにも等しい」と表現している。
こうした中で、メディアはやはり「大きいものに巻かれろ」的な「ウケル」情報を流しているだけ、或いは「民意」を煽る役を務めた。

メディアは何を持って民主的と言えるのか?―これは難しい問題だが、せめて一つの事項に対して常に2つ以上の見解を同程度に提供すべきでないだろうか??

筑紫哲也がいなくなって、より偏重したテレビという箱は、より一層「民意」を生みそうで、怖い。

僕もなにが真か、なにが虚か等知る由もない。彼がいたから、真があったというわけでももちろんない。が、メディアからは一歩引いて、多くの人の意見を聞いてから「自分の真」を見つける作業は、これからより必要になってくるように思う。
それは困難であることもわかるが、そうあるべきとも思う。

ま、今の政治についていけてない僕が言うと、説得力は皆無ですが。
さっきの『安心のファシズム』は、このイラク事件だけでなく、自動改札機とかにも面白い視点で話を展開するので、暇があればぜひ。

PS  ちなみに僕は左でも右でもないつもりです。しいて言うなら真ん中か、もしくは上?!笑 別に二極でなくていいと思います。。
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by romantic-sloth | 2008-11-10 05:33 | 雑想ノート