赤の赤らしさ

・・・は何処から来るのか―
そういう研究をする人がいる。
TV番組『プロフェッショナル』の司会で脳科学者の権威(?)でもある茂木健一郎氏。

クオリア

彼のホームページの説明を引用すると
「クオリアとは、「赤の赤らしさ」や、「バイオリンの音の質感」、「薔薇の花の香り」、「水の冷たさ」、「ミルクの味」のような、私たちの感覚を構成する独特の質感のことである。」
だそうだ。





僕の認識では、
例えば、車の「プップー」っていうクラクションの音について、どういう周波数を持っているのかについては発見されている。けど、なぜその周波数が耳に入ったときに人はそれを「プップー」という音の感覚を得るのか・・・この事については未だに解明されていない。
匂いの場合、加齢臭 カレー臭がどういう分子構造を持っているかは分析できるが、なぜその分子構造が人にカレーの匂いを与えるのか・・・いや、違う。なぜその分子構造を人はカレーの匂いと認識するのか、だ。
それは彼も繰り返し言うように主観性の構造の問題と密接に関わっているらしい。

そして、また引用すると
「私たちの心の中で、それぞれのクオリアは、「それ以外ではあり得ない」というユニーク個物性を持っています。このuniquenessを通してクオリアをとらえれば、そこには、必ずしも定量化はできないが、間違いなく非常に精密な未知の法則があることが感じられます。」

…だそうだ。
本当に面白い研究やなーと思う。
こんな身近な疑問について、自分は気づいてもいなかった。
人類はアポロが月面着陸に成功した瞬間に、それまで抱いた夢とロマンを失い、あるとき人は、科学が発達したせいで人類に想像力や感動が無くなったと嘆く。

いやしかし、クオリアと言う、こんなにもロマンがあって、考えても果てしなく答えの見えない面白さを持つ問題を、鼻がくっつくほど目の前にしながら見逃していたのは科学が発達したせいだろうか。

赤いバラの赤らしさは、バラに当たった様々な波長の光のうち、赤色の波長のみ反射されて目に入り、それ以外の色の波長が花びらの表面で吸収されるから赤いバラ「赤らしい」のだ。そう聞いて、事実を理解して、それだけだった。だがその解答は、その波長が目に入ったとき、人がなぜそれを「赤らしい」と感じなければならないのか、これが欠けていた。

クオリアは毅然として、自分の前に座っていた。
科学で身近なことは解明され尽くしているんだよと言われ、思い込んで、ちょっと知った気になって、それを見れずにいたのは、誰か。

茂木さんは電車の「ガタンゴトン」という音からそれに気づき、それがクオリアと呼ばれる事などは後から知った。
そんなクオリアの研究も「革命の足音が聞こえはじめている」のだそうだ。
だが、もしそれを乗り越えても、新たな未知の世界に気づき、人に永遠の夢とロマンを与えるのではないか―。だから人間の想像力は、昔も今も、科学のもっと発達した未来にあっても永遠に掻き立てられ続けるのではないか?
ロマンは、月の向こうに果てしない宇宙が広がるように永遠なのかも知れない。

そんな気がして心高鳴る日曜日の朝ですが・・・皆さんおはようございます。笑
ちょいクサかったかな。最後に「ひとがそれを求める限り・・・」とか書いたらカッコつけすぎかなー思てやめました。


PS: クオリアについて僕の認識が間違っていれば指摘ください。以前に受けた印象を掘り起こして書いたので。また今度確認します。
PPS: 彼のブログ『クオリア日記』も、ハードスケジュールの中でほぼ毎日更新されていて、なかなか面白い。たまに、東大のゼミ生の研究の話なんかの事が書いてあると、訳もわからないが、訳もわからない世界が有ると知るだけで面白かったりする。
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by romantic-sloth | 2008-10-05 05:50 | 雑想ノート